室蘭登別食介護研究会 第12回研修会 (2016.2.3

嚥下の新しい考え方 〜『プロセスモデル』の紹介〜

報告と雑感

 

201623日(水)、今年の初回となる第12回研修会では、近年、新たに提唱されてきている、『プロセスモデル』について、皆川から報告しました。

我々は、昨年2015年の、日本摂食嚥下リハビリテーション学会で、プロセスモデルに関わる発表を行いましたので、その内容を交えながら、

・プロセスモデルとはどんなもので、どこが従来のモデルと異なるのか

・プロセスモデルでもまだ説明しきれない部分

・年齢を重ねるにつれ、摂食嚥下のパターンはどう変化していくのか・・・皆川の仮説

 

について、概説してみたいと思います。

 

@ プロセスモデルとは

 プロセスモデル、とは、我々(ないしは他の動物も含めて)が、食事をするときに、「どのようなやり方で」、食物を食道〜胃にまで納めるのか、を説明するものです。

 ・・・・・・と言っても何のことやらわからん方も多いかと思います。まずは、古典的に受け入れられてきた、「嚥下の4期(〜5期)モデル」を実際に見ながら、プロセスモデルがそれとどう違うのか、どのような意義があるのか、について考えてみます。

 

嚥下の4期〜5期モデル

嚥下の4期(〜5期)モデル、と言われるものは、以下のような図で説明されてきました。

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@まずそれを見て触って食べ物である、ということを認識して(食べ物は外部にある)

Aそれを口に入れてもぐもぐと咀嚼し(食べ物は口腔内で主に臼歯によって噛まれている)

B咀嚼し終わったものはのどの方へ送られ、

C「ごっくん」という「嚥下」が起こり、(食物は咽頭から食道へ移動する)

D食物は食道内を、胃に向かって落ちていく。

・・・という順で、我々は食物を「食べて」いるわけです。

 

1の「先行期」は、「嚥下」のモデルとしては省略されることもあって、その場合には「4期モデル」となるわけですが、食行為全体としては、1を含めて「5期モデル」、と呼ばれます。

要するに、食べ物が口に入って胃にまで落ちていく過程、「どこに食物が存在するか」ということに注目を置いて分類したモデルなわけです。

振り返って考えれば、まあ、たいそうなものではない、言ってみれば誰でもわかりますわね。口からのどに送られてごっくんと飲みこんで食道へ行く、というだけです。特に突っ込みようもない、当たり前のことを述べているだけ、と思って、特に疑問も持たず受け入れていました。

医者・医療従事者の立場として言えば、こうしたモデル、というのは、内輪で話をする際には便利です。我々は主に、「摂食嚥下障害」・・・上手に、十分食べることができない方、の診断・治療に携わっているわけですから、いったいどこにどういう問題・障害があるのか、ということを突き止めなければなりません。

分かりやすい例を挙げれば、奥歯がない為に十分咀嚼ができない、という方の場合は、「準備期(咀嚼期)に障害がある」という言い方をする。もちろん、「奥歯がない」と言って、歯科医に相談すればいいわけですが。

あるいは、脳梗塞を起こして、舌をうまく動かすことができない、といった方の場合には、「口腔期の障害」と言い表す。まあ、専門的に聞こえてちょっと格好いい、くらいですか。

 

4期〜5期モデルとプロセスモデルの違い

 そんなわけで、4期〜5期モデルは、「食べ物がどこに存在するのか」に沿って名称を付けた、理解しやすい・受け入れやすいモデルだったのですが、その中身、実際の「メカニズム」まで考えると、欠点があることが分かってきた。端的に言えば、「実際とは違う」のでした。

 この、実際との違い、についてご説明します。

 4期〜5期モデルでは、「咀嚼期」「口腔期」「咽頭期」と名称がついていますので、これらはそれぞれ『独立』したものだ、と受け止められていました。すなわち、

・我々は食べ物を口に入れて咀嚼しているときには咀嚼だけをしている。

・咀嚼が終了すると食べ物はひとまとまりにまとめられて(食塊、と言います)口腔奥へ送られる。

・食塊は、嚥下、によって、いっぺんに食道へ運び込まれる。

というわけで、それぞれの「期」は独立して、重複しない、と思われてきたわけです。

 

 ところが、私たちも、実際に、「嚥下造影検査」を繰り返し行ってくると、どうもそうでない場合がとても多いことに気がついていました。下図のように、どうも、高齢の方では、咀嚼している最中に既に喉頭蓋谷や、さらには梨状陥凹、と呼ばれる、「中咽頭」の部分まで、咀嚼のすんだ食べ物が落ち込んでいることが見られる。

左図:赤い部分が、食物。食物は、口腔内から喉頭蓋谷、場合によっては梨状陥凹まで、広い部分に同時に存在する。

 

つまり、咀嚼期・口腔期・咽頭期、が独立しておらず、これらが重複してみられる、というわけです。

こうした検査所見は、従来の4期〜5期モデルで考えると、「異常な所見」とされていたわけで、我々もずっとそう考えていました。何しろ我々は、通常「嚥下障害」のある、ありそうな方に対してこうした検査をしているわけで、それはほとんどが高齢者の方であり、異常所見が度々見られることについて、そんなに疑問には思っていなかった。ただ、あまりにも頻繁にこうした所見が見られ、かつ、それらの方々でも、食事を『摂れて』いる方がたくさんいたので、「これは、異常所見ではあるが、高齢になるにつれ多かれ少なかれ見られるもので、特に『矯正』を要するものでもない」と考えるようになっていました。

こうした経緯については、以前にも、この「研修会報告」の『摂食嚥下障害の訓練について』のところでも触れていますので、併せてご参照ください。

 

さて、プロセスモデル、ですが、4期―5期モデルとの最も大きな違いはこの点だ、と言っていいでしょう。すなわち、
★咀嚼と送り込みは重複する。

★嚥下開始前に食物が喉頭蓋谷にある状態は異常ではない。

というのが、プロセスモデルの要点です。

 

 

 上手のように、プロセスモデルでは、咀嚼をしている最中に、それと並行して、まとめられた食物が咽頭に送られ、喉頭蓋谷や梨状陥凹で、「嚥下」を待っている、というのが、咀嚼における嚥下の正常なパターンであることを明記しました。このことは、臨床現場の我々にとって、今までは異常である、と思われていた所見が、実は正常である、ということになったわけで、大きな衝撃でした。

 

 

 

A プロセスモデルで説明しきれない部分

 プロセスモデルで提示された、新しい概念

 ここで、すべて、ではありませんが、プロセスモデルで提唱された新しい概念・新しい単語について説明しておきます。

Stage T transport

・口腔内に入れられた食物が、咀嚼を受けるために奥歯(臼歯)の部分に送り込まれる(移動する)ことを指す。この後で咀嚼が始まることになる。

Stage U transport

・咀嚼された食物がある程度嚥下できる性状になると、舌の中央部に集められ、舌と口蓋によって後方へと絞り込まれるように中咽頭へと送り込まれる過程・動作を指す。

・・・ここで、固体と液体を含む二相性食物を食べるときの液体成分の咽頭流入や、嚥下反射遅延による液体の咽頭への垂れ込みなどは、stage U transportとは呼ばず、区別する。

Isolated pharyngeal swallow(孤発嚥下)

・嚥下時、特に咀嚼嚥下時に、偶然的に中咽頭へ流入した食物に対して起こる、不随意的な嚥下運動を指す。気道防御的な嚥下運動と解釈される。

Voluntary swallow(随意的嚥下)

・プロセスモデルで提唱されている、咀嚼嚥下時に通常起こっている、食塊を処理するための嚥下。Stage U transportから連続的に起こる嚥下運動。

Spontaneous swallow(自動的嚥下)

・咽頭に溜まった唾液などの分泌物を嚥下し、気道を防御するための嚥下運動。睡眠中にも起こっている。・・・孤発嚥下と同義。

 

 プロセスモデルでは、「嚥下」を二通りに分けています。最後に示した二つ、「随意的嚥下」と「自動的嚥下」です。

 これも、従来の概念からの大きな変化です。すなわち、従来は、嚥下、というのは「反射」であり、随意的に起こせるものではなかった。中咽頭〜下咽頭に至るまでには、嚥下反射を惹起するポイントがあって、そこに食物が触れると自動的に反射が起こる、と考えられていたわけです。

ところがプロセスモデルでは、咀嚼嚥下時には、我々は中〜下咽頭にまで既に食物を送り込んでしまっているわけですから、従来考えていたような「嚥下反射」は起こっていない。中〜下咽頭に貯めておいた食物を、実際に嚥下するのは、「随意的」と言わざるを得ない、というわけです。

一方で、睡眠中など、無意識化であっても我々は唾液の嚥下などを行っているわけですので、こうした、「防御的な」「不随意的な」嚥下も存在はしており、これを、随意的嚥下と対照的に、「自動的嚥下」、あるいは、独立して、「孤発嚥下」としています。

 

プロセスモデルで残された疑問

  ???・・・・・・とすると、多量の食塊が咽頭にあるにも拘らず、なぜspontaneous swallow(自動的嚥下)が起こらずに、voluntary swallow(随意的嚥下)が起こるのか、は、何らかの制御機構を想定しないと不合理であるが、詳細は不明・・・・・・なのだそうです。咀嚼運動そのものが、孤発嚥下を抑制している?という仮説もあったが、様々な実験からは否定的であるようです。

 

 また、この孤発嚥下は、従来いわゆる「嚥下反射」と近い概念、ということになりそうですが、この反射を惹起するトリガーはどこか?何か?という点についても、まだ解明されていないようです。・・・

 

B 年齢を重ねるにつれ、摂食嚥下のパターンはどう変化していくのか・・・皆川の仮設

・・・というわけで、私個人にとって、このプロセスモデルという「パラダイムシフト」はとても大きなものでした。

 といっても、ただただ己の勉強不足を恥じるばかりではあります。プロセスモデルそのものは、1992年にそもそも提唱され、日本の摂食嚥下リハビリテーション学会でも、2000年頃から少しずつ紹介が始まってきていたものだったのですが、食わず嫌いと言いますか、こうした「理論」のお話は、研究者にお任せ、とばかり、見ないふりをしてきたわけでした。実際、こうした全く新しい概念、というのは、行き渡るには時間がかかるもので、新卒の言語聴覚士などに尋ねてみても、学校でもまだほとんど教えてもらってはいない、ようではありますが、逆に、長い臨床の現場でずっと疑問に思われていたことが氷解したわけですので、勉強してみればスムーズに腑に落ちる内容なのです。

 しかし、やっぱり実際に確認してみないことには、どうにも収まらない、というのも正直なところで、本当に!若い人でも!咀嚼中に喉頭蓋谷まで食物は落ち込んでいるのか!・・・いわばプロセスモデルの確認、を行うと同時に、年齢的な変化は本当に起こっていないのか?何か手がかりはつかめないのか?ということを調べるために、勤務先の病院の職員の方々にお願いして、嚥下造影検査を行ってみました。

 私にとって、「正常者」に対して嚥下造影検査を行ったのは初めてのことでした。以下、その結果について、ご報告してみます。

 

「正常者」に対する嚥下造影検査/結果

【被験者】
50歳代〜70歳代の男女、計 27名 /対照として、80歳代の男性1名・20歳代女性3名 /計31名(男性14名 女性17名)

【方法】

・通常嚥下造影の際に用いている造影剤ゼリーを、端座位にて摂取してもらう。

・一口目は、小スプーンいっぱい(約10g)を、「20回咀嚼してから一気に飲み込んでください」(咀嚼嚥下)を指示。

・二口目は、小スプーン軽く(約5g)を、「咀嚼しないで丸呑みしてください」(丸呑み嚥下)を指示。

 

【結果】

ここでは、「一口目」の、咀嚼嚥下、に関する結果と考察のみ、ご報告します。

 見にくいグラフでしょうので、少し細かく説明を加えます。

 横軸には、一人一人の被験者の年齢を表示していますが、31名、各人の結果を載せてあると思ってください。

 各人、2本ずつのグラフが示してあります。左側のグラフは、ゼリーを口に入れて咀嚼を開始してから、ゼリーの一部が喉頭蓋谷に達するまでの、咀嚼回数を示しています。右側のグラフは、実際に嚥下するまでの咀嚼回数を示しています。

 一番左の「20歳」の方を例えとして説明しましょう。この方の場合、「20回咀嚼してから、一気に飲みこんでください」と指示をしているわけですが、8回咀嚼した時点で、もうゼリーは喉頭蓋谷まで落ち込んでいます。しかし、そのあとすぐには嚥下せずに、喉頭蓋谷に貯めておいたまま、指示通り、20回咀嚼してから嚥下が起こっている、というわけです。こうしたパターンの方〜比較的に早期に喉頭蓋谷まで落ち込んでいるが、指示通り20回近くまでは嚥下しないパターン〜を、「我慢グループ」と名付けてみます。

 次に、左から2番目の、やはり20歳の方はどうでしょう。この方は、11回咀嚼した時点でゼリーは喉頭蓋谷まで落ち込んでおり、それと同時に嚥下が起こってしまっています。20回咀嚼して、と指示したのに、11回、という、比較的早期で嚥下が起こってしまっているので、こうしたパターンを、「我慢できないグループ」と名付けます。

 51歳のお二人の方を見てみましょう。実はこの2人は問題のケースなのですが、それは後述します。この方々と、もう172歳の、一本しかグラフがない方々は、まったく指示通り、20回咀嚼が終わるまで口腔内に貯めこんでいて、喉頭蓋谷までは落ち込まず、一気に嚥下する、というパターンです。これを、「指示通りグループ」と名付けます。

 最後に、ピンク色のグラフの方々がいます。これらの方々は、指示通り、20回咀嚼するまでは口腔内に貯めこんでいるのですが、そのあと嚥下しよう、とするときに、いったん喉頭蓋谷まで落ち込んでワンクッションあって、さらに数度咀嚼したりしなかったりしてから嚥下する、というパターンで、これらを、「ワンクッショングループ」と名付けます。

 

 まとめると、

◎咀嚼中に喉頭蓋谷まで垂れ込むグループ
20回咀嚼まで喉頭蓋谷にためておく(我慢グループ)/12
早期(15回咀嚼以前)に喉頭蓋谷に進入するが、指示した20回咀嚼近くまで嚥下しないグループ
■すぐ嚥下が起こってしまう(我慢できないグループ)/12
早期(15回咀嚼以前)に喉頭蓋谷に進入し、15回咀嚼以前に嚥下が起こってしまうグループ

20回咀嚼まで口腔内に保持するグループ
20回咀嚼してそのまま嚥下(指示通りグループ)/3
20回咀嚼後、喉頭蓋谷でワンクッションさせてから嚥下するグループ(ワンクッショングループ)/4

 

という風になります。

 

 強いて言えば・・・
 ★ワンクッショングループは高齢に偏っている。

 ★我慢できないグループは若年に偏っている。  ・・・という印象は受けます(印象だけです)。

 

【疑問・考察】

・成書では、「2相性食物を食べるときの液体成分の咽頭流入や、嚥下反射遅延による液体の咽頭への垂れ込みは、stage U transportとは呼ばない」としています。今回、「20回咀嚼後の嚥下」を指示しており、我々の観察した早期の喉頭蓋谷への進入は、「能動」輸送ではなく、意識していない「垂れ込み」であるとしてよいでしょうか?

・意識しない「垂れ込み」とした場合、そこで起こる嚥下は、防御的な孤発嚥下(isolated pharyngeal swallow)となりますが、孤発嚥下が起こるか起こらないか、は、12vs12名、で互角でした。このような不安定な反応は、「防御的」と呼べるでしょうか?・・・

・先に挙げた、「我慢できない」グループは、最も「防御的」ということになりますが、このグループは高齢になると減る、ないし、喉頭蓋谷に到着してから数回の咀嚼を経ないと嚥下が起こらない傾向にある、かもしれません。

・さらに言えば、そうした「防御」が不完全になることを察知して、喉頭蓋谷へ落ちる(落とす)ことなく、口腔内で保持したままで一気に嚥下するパターンは、むしろ高齢になるにつれ増加するのかもしれません。・・・・・・

・・・・・・・などということを、つらつらと考えたわけです。

 

こんな仮説を考えてみました

 そこで、以下のような仮説を考えました。高齢になると、というよりは、年齢を重ねると、「我々は成熟して、食事、というものに対して意識を傾注し、かつ、反射(孤発嚥下)に対して信頼がおけなくなってくる」、と説明をつけるのはどうか。

 

◎若く健康なうちは、防御的な孤発嚥下に信頼がおけるため、咀嚼・咀嚼様送り込みは比較的不用意に行われ、20回の咀嚼に耐えられずに嚥下が起こる。 / ■すぐ嚥下が起こってしまう(我慢できないグループ)

 

◎年齢を重ねると、不用意な送り込みで孤発嚥下が起きることは少なくなり、自分で設定した適切な時期に、「意図的に」嚥下するようになる。 / ■20回咀嚼まで喉頭蓋谷にためておく(我慢グループ)

 

◎さらに年齢を重ねるうちに、孤発嚥下に信頼がおけなくなるため、「意図的に」、なるべく口腔内に保持しておいてから、「意図的に」、嚥下をしようと試みるようになる。 / ■20回咀嚼後、喉頭蓋谷でワンクッションさせてから嚥下する(ワンクッショングループ)

 

◎さらにエスカレートすると、「意図的に行った」嚥下のあとで、二次的に垂れ込んできた、「意図されない」残留物は、孤発嚥下が起こらずに、そのまま残留する可能性が出てくる。→夜間誤嚥の危険因子 / ■丸呑み嚥下でも喉頭蓋谷まで落ち込み、かつ、孤発嚥下が起きないグループ(喉頭蓋谷・梨状陥凹への残留)

 

◎さらにさらにエスカレートすると、口腔内の残留も自覚されなくなり、いったん嚥下が起こった後にも口腔内に残留し、複数回に渡って垂れ込みが起こっても、孤発嚥下が起きない、ということも考えうる。 / ■口腔内残留グループ

 

【反射、について復習】

一般に、反射は上位中枢によって抑制を受ける、とされます。
 ろうそくの火にうっかり手を近づけたとき、慌てて(脳が意識するより先に)手をどける、という動きが、「反射」とされ、危険を避けるための防御的な反応なわけです。しかし、ある種の性癖の持ち主の場合、ろうそくの火を「快感」と感じ、手をどける、という反射を抑制することはありうるわけです。そこまで言わなくとも、我々は「我慢」することができるわけですから、しっかり意識している場合には、反射を起こさずに、ろうそくの火に手を当て続けることも(短時間なら)できます。・・・

      

食物が、口腔内にあっても、喉頭蓋谷にあっても、梨状陥凹にあっても、我々の意図によって嚥下が行われることが基本であり、意図せずに落ち込んできたものに関しては防御的に孤発嚥下が起こり、嚥下を意図している場合には反射は抑制される、と考えることは、より単純な理解に近いように思われます。

 

【排尿を考えてみよう・・・】

排尿の場合を考えてみましょう。『食べる』と『出す』はよく似ていることが多いのです。

・我々は、膀胱に尿が溜まると、大脳感覚野に連絡が送られ、「尿が溜まった」ことを「意識」します。

・トイレに行って下着を下して初めて、排尿を意識することによって、自律神経が作動して、膀胱が収縮/括約筋が弛緩して、排尿が起こる。

 このように、我々は、大人である以上は、排尿、というのは意識的な行為だ、と思っています。

 しかし、乳幼児を考えてみれば、排尿は本来は自律神経によって支配される、意識「下」の行動です。赤ちゃんは、膀胱に尿がたまったらジャー、と出します。溜まったらジャー、溜まったらジャー、です。少し大きくなってきても、特に夜のおねしょなどは小学生くらいでも見られることが多く、なかなかきちんと随意的にコントロールするのは難しいことなのです。

 こうした意味で、「排尿は、不随意的であり、かつ、随意的に管理されている」と言えます。

 

 実は、先程お示ししたグラフで、お断りしておくことがあります。少し触れましたが、51歳の2人の被験者が、「指示通りグループ」となったことに関連して、です。

 この2人は、私、と、病院長、だったのです。研究担当者、だったわけです。

 お判りでしょうか。私たちは、「本来『正常』な嚥下、としては、指示通り20回咀嚼をするまで口腔内に貯めておいて、それから一気に嚥下をする」ということについて、十分〜十二分に意識をしていた、ということです。バイアスがかかりまくっていたわけですね。もう少し、「無意識に」「雑に」検査に参加すれば、恐らく我々も、喉頭蓋谷まで垂れ込んでいたものと思われますが、・・・裏を返せば、摂食〜嚥下、という行為が、意識・意図によってコントロールされている、できるものだ、ということにもなるわけです。

 

 先ほどの、嚥下に関する仮説は、排尿について書き直してみると以下のようになります。3番目あたりから、少しずつ「病的」になっていくわけですね。

 

◎乳幼児では、排尿を我慢する意識の抑制が弱いため、膀胱に尿がたまるとすぐに排尿が起こる。 / ■すぐ排尿が起こってしまう(我慢できないグループ)

 

◎年齢を重ねると、意図的に排尿を抑制できなくなることは少なくなり、自分で設定した適切な時期に、「意図的に」排尿するようになる。 / ■トイレに行くまでためておく(我慢グループ)

 

◎さらに年齢を重ねるうちに、尿道括約に信頼がおけなくなるため、「意図的に」、尿意を感じたら早めにトイレに行き、「意図的に」、排尿をしようと試みるようになる。 / ■随意筋を使ってでも、懸命に排尿する(頻尿グループ)

 

◎さらにエスカレートすると、膀胱収縮は弱まり、排尿後に残った膀胱内の尿は、そのまま残留する可能性が出てくる。→膀胱炎の危険因子 / ■残尿グループ

 

◎さらにさらにエスカレートすると、膀胱がパンパンでも自覚されなくなり、・・・・・・ / ■溢流性失禁グループ

 

まとめ

 参考文献 : 『プロセスモデルで考える摂食・嚥下リハビリテーションの臨床』(医歯薬出版)・・・が、成書として出ている、プロセスモデルの解説書としてはおそらく最も立派な、わかりやすいものだと思います。大いに参考にさせて頂きました。ありがとうございました。

 

あえて、わかりやすいように、雑な失礼な言い方をするなら、・・・

◎若いうち(幼いうち)は、「食えりゃいい」ので、口に入れるもの入れるものどんどんのどへ流し込んで、次々嚥下が起こっている(反射による嚥下=孤発嚥下)が、ちょっと大人になってきて、十分に味わったり、のど越しを楽しんだり、と、食事を「文化」として喜ぶようになってくると、反射を抑制して、嚥下をコントロールできるようになってくる。 同時に、少しずつ反射=孤発嚥下は衰えていって、最後には、のどに食べ物が入ってきてもそのまんま飲みこみもしなくなる。 ・・・・・・といった感じでしょうか。

 摂食・嚥下は、排尿、に比べると、「成熟」は遅いのかもしれません。もちろん個人差や、状況にもよるとは思いますが、3040歳になってようやく、「味わう」という食べ方になるのかも。