第6章:高齢者・障害者の口腔
おいしく食べるための不可欠な唾液の働き
むし歯や歯周病を防ぐ唾液の「緩衝能力」
高齢になったり障害を持たれると、口の環境は著しく悪化していきます。その原因は、加齢による組織の老化や使わなくなった筋肉や神経の退行性変化(廃用症候群)など機能の低下によって起こります。
口腔疾患ではむし歯や歯周病が進行したり、口腔粘膜の異常が起こります。さらに、機能障害として開口障害、唾液分泌障害、発音障害、摂食嚥下障害が起こり、食べたり飲みこんだりする事が困難になり、生きる意欲さえも失ってしまいます。今回は、機能障害の一つである唾液分泌障害について説明します。
むし歯や歯周病は手指や関節の拘縮などによる口腔清掃能力の低下が直接の原因ですが、生理学的には、唾液の持つ口腔内の自浄作用や緩衝能力の低下が原因となります。
緩衝能力とは、唾液には体内に入る酸やアルカリを中性にする作用があります。それを緩衝能力といいます。梅干を見た時に唾液がいっぱい出るのは、入ってくる酸を中和しようとするからなのです。さらにその能力は、口腔内細菌がつくり出す酸も中和し、むし歯や歯周病になりにくくします。
高齢者が入院するとあっという間に悪化するのは、この能力の低下と口のなかを洗い流すための自浄作用が少なくなり、細菌が停滞・増殖をおこすからなのです。特に真菌類であるカンジダ菌は舌背にこびりつき、白い付着物となって味細胞群(味蕾)を覆い、味覚異常や口臭を引きおこします。
唾液の分泌を促すために食事前のリハビリは効果的
唾液分泌減少症(口腔乾燥症)の原因には加齢による変化や、シェ‐グレン症や放射線照射による唾液腺機能の喪失などがありますが、一般には、薬剤の後遺症としての影響が知られています。
症状としては舌が乾く、口のなかが粘つく、舌がピリピリする、口が臭い、味がない、しゃべりにくい、義歯が合わない―などがあます。特に総入れ歯が落ちやすくなったり、あたって痛がるのは唾液減少が原因の一つとなります。2枚のガラスを合わせてもくっつかないのに、水分を1滴垂らすとつくのと同じ原理です。
その他の唾液の働きには、味覚に関係する溶媒作用があります。味覚を感じるのは、食べ物が水溶液(唾液)に溶けてイオンや分子の形で、味を感ずる味細胞群(味蕾)で感知するためで、口のなかに水分がないと容易に味を感じることができません。パサパサしたものが味気なく感じるのはこのような理由です。高齢の方においしく食べていただくためには、水分の含んだものか、水分と交互に食べさせる工夫が必要です。
全身に関係するはたらきとしては、化学的消化作用、構音・発声における円滑作用、抗菌作用、排泄作用、内分泌作用、抗がん作用などがあります。
以上のように、高齢者や障害者にとって唾液は口腔機能維持にとても重要な要因となります。おいしく食べるためには、唾液の分泌を促進する唾液腺のマッサージ(頬や顎の下)や舌の運度などの口腔リハビリや口腔ケアが大切なこととなってきます。特に食事前のリハビリ(食前体操)は効果的です。