第2章:おいしく食べるということは
おいしく食べるためのメカニズム
食べることは命あるものにとって、欠かせない本能的な行動でありますが、ヒトにとっては単に空腹を満たすだけではなく、より良く生きるための生活の質、生きる意欲の向上につながります。その生きる意欲を生み出す仕組みは、人間の脳の構造にあります。人間の脳は3階建ての家に例えられます。1階は生命を維持するための「脳幹」、2階は本能や情動を司る「大脳辺縁系」、3階は認知・判断・理性・意欲を司る「大脳新皮質」から成り立っています。犬や猫が味わって食べたり、おいしいものを後から食べようなどと考えないのは、大脳辺縁系の本能だけで食べているからなのです。
ヒトは本能だけではなく、おいしく食べるためのあらゆる情報を大脳新皮質に集め、総合的に判断し、理知的に食べているのです。そのために生活の質や生きる意欲の向上につながっているのです。ヒトはおいしく食べようとして火を発見し、道具を使うようになり、大脳新皮質を発達させ猿人から進化してきました。それは「食」へのこだわりがあったからなのです。
それではおいしく感じるには、どのような脳のプロセスを経てくるのでしょうか。まず、味覚をはじめとする五感から情報を取り入れ、脳内の海馬(記憶の脳)、扁桃核(好き嫌いの脳)、側座核(やる気の脳))、視床下部(欲の脳)によって情報処理され、脳の情報伝達回路(A−10神経回路)を介して大脳新皮質にある前頭連合野で感じます。この回路は、愛を感じる至福の回路と同じと言われています。そして、そのプロセスの中で、五感からの情報が記憶を刺激し、過去の思い出を呼びおこしているのです。
口腔は生きるために重要な器官
お年寄りに楽しみを尋ねると、多くの人は「食べるとき」と答えます。それは、食べる雰囲気や一緒に食べる相手、食材、味覚から得た情報をもとに、おいしい記憶や楽しい思い出を呼び起こしているからなのです。年を重ねるほど、多くの思い出を持っているので、幸福感も倍増します。老いてこそなお食にこだわるのは、人生そのものというわけです。
また食べることは、音楽を聴いたり絵を見る以上に、五感のすべてを使います。そして、その五感の情報を取り入れる器官が口腔なのです。その口腔は、食物を取り入れるだけではなく、呼吸をしたり、話したり、表現するなど、生きるためのすべての第一歩を取り込む入り口でもあります。しかし、年をとったり、障害を受けると、食べる意欲や食べたり、飲み込んだりする機能が衰え、生きる意欲が失われてしまいます。そのためにも?食べる環境を改善したり、口腔の健康を維持したり、?食べる機能を正常に保つことが必要となります(図参照)。
本連載では、筆者が主催する「いわき食介護研究会」製作の研修資料「食介護マニュアル・楽しい食介護へのご招待」を参考に、訪要介護者の食の介護技術について解説していきたいと思っております。食べられなくなってきた方への食介護の仕方、ケアプランの作成、およびご家族、ヘルパーさんへのご指導に活用していただければ幸いです。